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メキシコの旅 その40 [旅行・地域]

チチェン・イツァ遺跡(1):エル・カスティージョ(ククルカン神殿)
「チチェン・イツァー」とは、マヤ語で「泉のほとりのイツァー人」を意味する言葉だそうです。この泉(セノーテ)のある地に、マヤの文化が時代を異にする二つのピークをもって盛衰しました。
一つは、旧チチェン・イツァーと一括して呼ばれている時代で、もう一つは新チチェン・イツァーと呼ばれている時代です。前者は6世紀(マヤ古典期)に繁栄し、後者は10~12世紀(後古典期)に最盛期を迎えましたが、13世紀にマヤ・パンに攻撃されて滅亡し、両者とも遺跡だけ残りました。
 遺跡は、まず新遺跡から見学します。

  
写真 上左は「エル・カステージョ」と呼ばれているチチェン・イツァー遺跡最大の神殿ピラミッドで、東面をみたところです。ピラミッドの頂上に安置されている神殿に登る階段の”手すり”が”ククルカン(蛇神)”によって飾られているところから「ククルカン神殿」とも呼ばれています。高さ23m(24mとも)、底辺の長さ55m四方、東西南北に91段の階段があります。階段の数は4面を合計すると364、神殿の床1段をくわえると、なんと!太陽暦(=ハアブ暦)の1年の日数365になります。
 上右は、タイのチェンマイ遺跡にある仏教寺院ワット・チェディ・ルアン(15世紀後半頃に造られた)です。なぜ、ここに出したかといいますと、この寺院の階段の飾りが、蛇神(東南アジアではナーガと呼んでいる)なのです。同じような発想で、造られたのだろうか?それとも単なる偶然の一致なのか?


上の写真は、北面を仰ぎ見たところです。この面だけククルカンの頭部が残っています(東西南の面の頭部は、持ち去られてしまったのかありません)。手すり部分がククルカンの胴体になっています。この胴体と階段各層の角との位置関係が絶妙で、春分と秋分の日、すなわち太陽が真東から昇り、真西に沈む時に、光線が当たって光る部分と陰になる部分が交互になるように膨らみと窪みがつけれれています。そして、この光景はあたかも、天から蛇神ククルカンが降臨するように見えるということです。


上の写真左:「ククルカンの頭」 右:神殿の柱となっている「ククルカンの尾」


 春分・秋分の日に、この方向から見ると、左側(北面)の階段の蛇神ククルカンが光り輝き、あたかも降臨するように感じられて、一番よく見える特等席だそうです。


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コメント 2

AFRICA

始めまして、おじゃまします。大学生で旅大好きなAFRICAと申します。ククルカン長いですねぇ!!スケールに感動しました。
by AFRICA (2005-03-12 12:07) 

ピョンピョン

私と同様、旅好き人間なのですね。人生もまた旅ですね。まだ、沢山旅ができますね。幸運をお祈りします。
by ピョンピョン (2005-03-13 05:48) 

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